
なぜSerena MCP Serverを使うとAIのコード編集が正確になるのか
AIがコードを理解する二つのアプローチ
現在のAI開発ツールは、コードを理解するために主に二つのアプローチを活用している。一つは「意味的な類似性」で関連コードを発見するRAG(Retrieval-Augmented Generation)、もう一つは「構文的な構造」を解析するLSPやPSIといった技術だ。重要なのは、これらは対立する技術ではなく、それぞれに強みがあるということである。
CursorやGitHub Copilotといった主流のAI開発ツールは、RAGによる埋め込み検索を中心に据えている。コードを数値ベクトルに変換し、意味的に類似したコードを高速に発見する。「ユーザー認証の処理を探したい」といった曖昧な要求に対して、authenticationやlogin、validateといった概念的に関連するコードを幅広く引き当てられる。これはRAGの大きな強みだ。
RAGの強みと限界
RAGの最大の強みは、その柔軟性と速度にある。「決済処理のバグを修正したい」という漠然とした要求から、payment、billing、transactionといった関連コードを瞬時に発見できる。ドキュメントやコメントも含めて意味的に検索するため、正確な関数名を知らなくても目的のコードに辿り着ける。
しかし、RAG単体には構造的な理解という観点で限界もある。同じcalculateTotalという名前の関数が複数存在する場合、それらがどのような関係にあるのか、どれが本当の修正対象なのかを、意味的類似性だけでは判断しきれない。また、ある関数を修正したときの影響範囲を正確に把握することも難しい。
これはRAGが悪いということではない。RAGは「探索」のツールとして優秀だが、「構造解析」は別の技術の領域なのだ。
LSPが提供する構造的理解
LSP(Language Server Protocol)は、VSCodeなどのIDEで「定義へジャンプ」や「すべての参照を検索」を実現している標準プロトコルである。実は2016年にMicrosoftがRed HatやCodeenvyと共に標準化した技術で、生成AIが登場するずっと前から存在している。RAGやMCPのようなAI時代の技術だと思われがちだが、もともとは人間の開発者のために設計されたものだ。LSPは、コンパイラに近いレベルでコードの構造を理解し、シンボルの定義と参照を正確に結びつける。
たとえば、特定のメソッドがどこで呼ばれているかを調べるとき、LSPは文字列検索ではなく、構文解析に基づいて正確な呼び出し箇所を列挙する。同じ名前でも、グローバル関数とクラスメソッドを区別し、スコープを正しく解釈する。これが構造的理解の本質だ。
ただし、LSPも万能ではない。動的言語での実行時の振る舞い、リフレクション、生成コードなど、静的解析では捉えきれない要素もある。LSPが提供するのは「静的に解決可能な範囲での高精度な解析」である。
Serenaが実現する「探索」と「解析」の融合
Serena MCP Serverの革新性は、MCP(Model Context Protocol)を通じてLSPの機能をAIに開放することにある。MCPはAnthropicが提唱した、AIと外部ツールを接続するための標準プロトコルだ。SerenaはこのMCPサーバーとして動作し、LSPの構造解析機能をAIが直接呼び出せるようにする。これにより、AIはRAGで発見したコードに対して、IDE相当の構造解析を適用できるようになる。
具体的な流れはこうだ。まず、RAGで「認証処理に関連しそうなコード」を広く探索する。次に、SerenaのMCPサーバーを通じてLSPに問い合わせ、特定の関数の全参照箇所を正確に列挙する。さらに、型の継承関係や依存関係を静的に解析し、修正の影響範囲を事前に把握する。
これは「なんとなく関連しそう」から「確実に依存している」への移行である。探索の柔軟性と解析の正確性、両方の利点を活かせる。
シンボル解決がもたらす安全性
プログラミングにおいて、関数や変数などのシンボルを正確に識別することは極めて重要だ。同じvalidateUserという名前でも、名前空間が異なれば別のシンボルである。ローカル変数とインスタンス変数の違い、オーバーロードされたメソッドの区別など、文脈に応じた正確な解釈が必要になる。
Serenaは、LSPを通じてこれらのシンボル解決を正確に行う。ある関数をリネームする際、その関数の定義と全ての参照箇所を確実に特定し、同名の無関係な関数は除外する。この精度が、大規模なリファクタリングを安全に実行する基盤となる。
型システムとの連携による品質保証
静的型付け言語において、Serenaは型情報を活用した高度な解析を可能にする。インターフェースを変更した場合、それを実装する全てのクラスへの影響を把握できる。関数の引数型を変更すれば、型の不整合が発生する箇所を事前に特定できる。
さらに、LSPのpublishDiagnostics機能により、修正のたびに型エラーや未定義参照を即座に検出する。これは「ビルドが通るレベルでの健全性」を保証するものだ。もちろん、実行時の正しさはテストで担保する必要があるが、少なくとも構文的・型的な正当性は機械的に検証できる。
依存関係の追跡:可能なことと限界
Serenaは、静的に解決可能な範囲で依存関係を高精度に追跡する。関数Aを修正したとき、Aを呼び出す関数B、Bを呼び出す関数Cという連鎖を辿ることができる。これにより、一つの変更が波及する範囲を事前に把握できる。
ただし、これには限界もある。動的言語でのメタプログラミング、実行時のコード生成、外部システムとの連携など、静的解析では捉えきれない依存関係も存在する。Serenaが提供するのは「静的解析で把握可能な範囲での網羅的な追跡」であり、それ以上でもそれ以下でもない。
実務での相補的な活用
実際の開発では、RAGとSerenaを相補的に活用することで最大の効果を得られる。
まず、RAGの柔軟な検索で関連コードを広く発見する。「ユーザー認証のタイムアウト処理」のような自然言語での要求に対して、関連しそうなファイルやモジュールを素早く特定できる。これはRAGの得意領域だ。
次に、Serenaで構造的な解析を行う。特定された認証関数が、どのミドルウェアから呼ばれ、どのテストでカバーされているかを正確に把握する。型の整合性を確認し、修正による影響を静的に検証する。
この二段階のアプローチにより、探索の広さと解析の深さを両立できる。どちらか一方では不十分だが、組み合わせることで強力なツールとなる。
なぜこれが開発体験を変えるのか
Serenaがもたらす変化は、AIとの協働における予測可能性の向上である。従来は、AIがどこを修正し、どこに影響が出るかが不透明だった。しかし、構造解析により影響範囲が明確になることで、AIの動作が予測可能になる。
これは単なる精度向上ではない。開発者がAIを「信頼できるパートナー」として認識できるようになることを意味する。大規模なリファクタリングも、影響範囲が明確であれば安心して任せられる。コードレビューも、変更箇所と理由が明確であれば効率的に進められる。
結論:探索と解析の最適な組み合わせ
Serenaの価値は、RAGを否定することではなく、RAGだけでは不足していた構造的理解を補完することにある。意味的な探索(RAG)と構造的な解析(LSP)は、それぞれ異なる強みを持つ。両者を適切に組み合わせることで、AIは人間の開発者により近い理解と判断力を獲得する。
これは、AI開発支援の新しいパラダイムである。「広く探して、深く理解し、正確に修正する」。この三段階のプロセスを実現することで、AIは単なる補助ツールから、信頼できる開発パートナーへと進化する。
Serena MCP Serverは、既存の確立された技術と最新のAI技術を橋渡しする実装例だ。人間のために作られた技術が、今度はAIの能力を引き上げる。この組み合わせが、開発現場に新しい可能性をもたらしている。
本記事は筆者が公開情報を基に調査・理解した内容をまとめたものです。技術的な詳細や実装について誤りがある可能性があります。より正確な情報をお持ちの方は、ぜひご指摘いただければ幸いです。